造血器腫瘍(成人)



造血器腫瘍患者さんの妊孕性の温存について

造血器腫瘍患者さん

 白血病やリンパ腫などの血液腫瘍に対する抗がん剤治療や放射線治療は性腺(男性の精巣、女性の卵巣)に悪影響をおよぼし、妊孕性(にんようせい、女性の場合は妊娠する力、男性の場合はパートナーを妊娠に満ちに口から)が低下し、不妊(自分の子供が出来ない)という状態を生じる可能性があります。これは若い患者さんにとって大きな問題です。使用する抗がん剤の種類によって性腺の障害の程度は大きく異なりますので、治療を開始する前にその影響について推測しておくことが必要です。

 通常の抗がん剤治療も性腺に影響を与えますが、女性患者さんの卵巣機能は多くの場合時間とともに回復します。精巣はより強い影響を受けますが、精巣機能についても恒久的な無精子症になることは多くはありません。ただし、男女ともに治療開始時の年齢や治療内容によっては性腺機能が回復しないこともあります。放射線照射の影響も卵巣より精子のほうが強く出やすく、精巣機能は小線量の放射線照射によっても影響を受けます。表1、2に米国臨床腫瘍学会のガイドラインに記載されている、化学療法、放射線療法のレジメン別の性腺機能障害のリスクを示します(造血器腫瘍に関連する治療を抜粋)。

 一方、造血幹細胞移植を行う場合は、その前処置で大量の抗がん剤や全身放射線照射を用いるため、高頻度に不可逆的な(回復しない)性腺機能障害を生じてしまいます。移植後の性腺機能に大きな影響を与えるのは、特に移植前処置で用いる全身放射線照射(TBI)と大量ブスルファン(BU)であり、シクロホスファミド(CY)の影響は比較的弱いと考えられています(表3)。実際、再生不良性貧血に対するCY単独の前処置を用いた移植後には男女ともに半数以上に性腺機能の回復が期待できます、ところが、白血病などに対してCY-TBIあるいはBU-CYの前処置を行った場合は、性腺機能はほとんどの患者において失われてしまいます。しかし、移植時の年齢が重要な因子であり、CY-TBIによる前処置後でも若年者では一部の患者さんで性腺機能の回復が認められています。

 一方、BU-CYを用いて移植を行った女性患者さんの場合は、若年者でもほとんど卵巣機能の回復は認められていません。すなわち、BUの卵巣への悪影響はTBIよりも強いと考えられ、性腺機能の温存を目的としてフルダラビン(FLU)-BUのミニ移植前処置を選択することは不適切です。

 その他、移植後の慢性移植片対宿主病(GVHD)の発症も性腺機能に影響を与えると考えられています。同種移植の2~20年(中央値9年)後に精子が検出できたのは、慢性GVHDを有する11名の患者さんのうち2名のみであったのに対して、慢性GVHDを合併していない28名中16名と有意に多かったということが報告されました。また、同種移植の1~2年後の卵巣、子宮のサイズは慢性GVHDを合併している患者さんで有意に小さかったということも示されています。


表1 男性患者さんの精巣機能障害を生じやすい抗がん剤(J Clin Oncol 2010; 28(32): 4831-41から改変して引用)

 通常の化学療法で恒久的な無精子症になることは少ないですが、精巣機能は小線量の放射線照射によっても影響を受けます。抗がん剤の中ではプロカルバジンは特に影響が強いと考えられています。

危険性 抗がん剤
高リスク(遷延性無精子症になるもの) ●移植前処置の全身放射線照射(TBI)
●睾丸への放射線照射(成人では2.5 Gy以上、男児では6 Gy以上)
●7.5 g/m2以上のシクロホスファミド水和物(CY)、140 mg/m2以上のメルファラン、500 mg/m2以上のシスプラチン
●プロカルバジン塩酸塩を含む化学療法
●40 Gy以上の頭蓋への放射線照射
中間リスク(通常量では遷延性無精子症はあまり認められないもの) ●400 mg/m2未満のシスプラチン
●2 g/m2未満のカルボプラチン
●1~6 Gyの睾丸への放射線照射
低リスク(精子数の減少は一時的なものに過ぎないもの) ●ホジキンリンパ腫に対するABVD療法(ドキソルビシン塩酸塩/ブレオマイシン硫酸塩/ビンブラスチン硫酸塩/ダカルバジン)
●非ホジキンリンパ腫に対するCHOP療法(CY/ドキソルビシン塩酸塩/ビンクリスチン硫酸塩/プレドニゾロン)
●0.2~0.7 Gyの睾丸への放射線照射(腹部・骨盤照射の散乱線として)
非常に低リスクまたはリスクなし ●0.2 Gy未満の睾丸への放射線照射
●インターフェロンアルファ
精子の産生への影響が不明なもの ●イリノテカン塩酸塩水和物、●モノクローナル抗体(セツキシマブ、ベバシズマブ)、●チロシンキナーゼ阻害剤(イマチニブメシル酸塩、エルロチニブ塩酸塩)
表2 女性患者さんが無月経を生じやすい抗がん剤(J Clin Oncol 2010; 28(32): 4831-41から改変して引用)

 通常の化学療法後は、卵巣機能は時間とともに回復することが多いですが、年齢によって回復率は異なります。抗がん剤の中ではプロカルバジンは特に影響が強いと考えられています。

危険性 治療法
高リスク(80%以上が無月経となる) ●全腹部あるいは骨盤への放射線照射(成人では6 Gy以上、思春期後女児では10Gy以上、思春期前女児では15 Gy以上)
●造血幹細胞移植の前処置での全身放射線照射法(TBI)と大量CYの併用、あるいは大量ブスルファンと大量CYの併用
●40歳以上の女性を対象とした5 g/m2以上のCY
●20歳未満の女性を対象とした7.5 g/m2以上のCY
●プロカルバジン塩酸塩を含む化学療法
●40 Gy以上の頭蓋への放射線照射
中程度リスク(30-70%) ●全腹部あるいは骨盤への放射線照射(思春期後女児では5~10 Gy、思春期前女児では10~15 Gy)
低リスク(20%未満) ●30~39歳の女性を対象としたAC療法
●ホジキンリンパ腫に対するABVD療法
●非ホジキンリンパ腫に対するCHOP療法
●ホジキンリンパ腫に対するABVD
●急性骨髄性白血病に対するアントラサイクリン系薬剤/シタラビン療法 ●急性リンパ性白血病に対する多剤併用化学療法
非常に低リスクまたはリスクなし ●ビンクリスチン硫酸塩、●メトトレキサート、●フルオロウラシル
リスク不明(例) ●パクリタキセル、●ドセタキセル水和物、●オキサリプラチン、●イリノテカン塩酸塩水和物、●モノクローナル抗体(トラスツズマブ、セツキシマブ、ベバシズマブ)、●チロシンキナーゼ阻害剤(イマチニブメシル酸塩、エルロチニブ塩酸塩)
表3 移植前処置別の性腺機能回復率(Blood 2003; 101(9): 3373-85から改変して引用)

 再生不良性貧血に対するシクロホスファミド(CY)単独の前処置の場合は高頻度に性腺機能は回復します。BEAMはリンパ腫に対する自家移植で用いられる前処置法。

性別 移植種類 前処置 症例数 性腺機能回復
男性 同種 CY 109 61%
男性 同種 CY-TBI 463 17.5%
男性 同種 BU-CY 146 17%
男性 自家 BEAM 13 0%
男性 自家 BEAM 10 0%
女性 同種 CY 43 74%(26歳未満は100%)
女性 同種 CY-TBI 74 13.5%
女性 同種 CY-TBI 532 10%
女性 同種 BU-CY 73 1%
女性 自家 BEAM 10 60%
(Blood2003;101:3373-3385)

妊孕性を温存するための対策

造血器腫瘍患者さん
1)男性患者さんの精子保存

 妊孕性を温存するための対策としては、男性患者さんでは精子を採取して凍結保存しておくことが可能です。しかし、化学療法後は質のよい精子を数多く得ることが困難な場合が多く、問題となります。精子は容易に採取できるので、可能な限り初回の化学療法を開始するよりも前に精子の採取を試みることが重要です。もし緊急に化学療法の開始が必要な場合でも、精子の採取さえできれば家族が不妊クリニックに届けて凍結保存することもできます。既に化学療法によって無精子症の状態になっている場合でも、手術で精巣内から精子を直接回収するTESEという方法によって精子を保存できる場合があります。

2)女性患者さんの卵子あるいは受精卵保存

 女性患者さんも既に配偶者がいる場合には卵子を採取して、パートナーの精子と受精させて受精卵として凍結保存することが可能です。また、配偶者がいない場合でも、未受精の状態で凍結保存する技術の改善によって未受精卵の凍結保存も研究的に行われるようになっています。しかし、卵子を採取するためには排卵周期にあわせる必要があるため、化学療法を開始する前に卵を採取するということは、緊急に化学療法を開始しなければならない急性白血病では困難です。また、良好な卵子を得るためには一定期間の化学療法の休薬が必要であり、化学療法を繰り返さなければならない造血器腫瘍の治療の経過中に卵子を採取することは容易ではありません。化学療法による好中球減少や血小板減少中は、採卵の際に感染や出血などの合併症も問題となります。化学療法開始前から不妊治療の専門医と情報を共有することによって、採卵のタイミングや性ホルモン剤の使用方法などについて相談していくことが勧められます。急性白血病の第一寛解期の患者さんで、第一寛解期には造血幹細胞移植を行なわずに様子を見て、もし再発してしまったら移植を計画しているような場合には、第一寛解期で安定している間(再発に備えて)採卵を試みるのがよいかもしれません。卵巣組織そのものの凍結保存も研究的に行われていますが、白血病の患者さんにおいては取り出した卵巣組織の中に白血病細胞が混入するリスクがあり、まだ安全性は確認されていません。

3)女性患者さんの全身放射線照射時の卵巣遮蔽

 造血幹細胞移植を行う患者さんではTBIを実施する時に卵巣を金属ブロックで遮蔽することによって移植後早期に卵巣機能が高頻度に回復することが示されています。東京大学医学部附属病院からの報告では8例中6例に卵巣機能の回復が認められ、このうち2例が結婚し、いずれも健児の出産に至っています。ただし、同施設のTBIは可動式のベッドを用いているため、通常の施設では同じ方法で卵巣遮蔽を行うことができません。一方、自治医科大学附属さいたま医療センターは通常の照射方法でのTBIにおいて、スリットの入ったウレタンマットで患者さんを側臥位に固定し、金属片を貼り付けたアクリル板を用いることで卵巣遮蔽を行っています。この方法でも8名中の5名に卵巣機能の回復が観察されています(再発2名、無再発で卵巣機能未回復1名)。両施設の合計16症例をあわせると、原疾患が再発した4症例を除く12症例のうち11症例に卵巣機能の回復が認められており、卵巣遮蔽によってほとんどの患者に卵巣機能の回復が期待できることが明らかとなっています。

 しかし、卵巣およびその周囲の組織への放射線照射線量の低下(通常12Gyのところが遮蔽によって3~4Gyに低下する)によって白血病の再発が増えないかどうかが懸念されます。シアトルで行なわれている2Gyの全身放射線照射を用いたミニ移植では、寛解期の急性骨髄性白血病に対する移植では、BUとCYを用いた移植を比較して再発率の増加は認められていないため、寛解状態の患者さんに限定して実施すれば再発の危険性が大きく高まるということは考えにくいのかもしれません。実際の実施例においても現時点では原疾患の再発は16症例中4例(乳房単独再発の1例を含む)と、明らかな増加は認められていませんが、正確なデータを得るためには、より多くの患者さんの長期間の観察が必要です。現状においては、卵巣遮蔽を適用するのは寛解状態(あるいは慢性骨髄性白血病の慢性期や芽球の増加のない骨髄異形成症候群)の患者に限定することが重要だと考えられます。

提供精子や提供卵

 その他の方法として第三者の配偶子、すなわち、提供精子や提供卵を用いる方法も考えられます。厚生科学審議会生殖補助医療部会の「精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療制度の整備に関する報告書」では、精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療を受けることができる者共通の条件として、「子を欲しながら不妊症のために子を持つことができない法律上の夫婦に限ることとし、自己の精子・卵子を得ることができる場合には精子・卵子の提供を受けることはできない。加齢により妊娠できない夫婦は対象とならない。」としています。

 がん治療後の性腺機能不全は「自己の精子・卵子を得ることができない状態」と考えられます。提供精子による非配偶者間人工授精は国内でも50年以上前から行われています。一方、提供卵による体外受精・胚移植は日本国内ではほとんど行われてきませんでした。そのため、卵の提供を受けるために国外に渡航する患者さんもおられました。この厚生科学審議会生殖補助医療部会の報告書では、卵提供にかかわる金銭等の対価の供与を禁止すると同時に、姉妹等の卵子・胚の提供を認めない(匿名ドナーに限る)としていたので、現実的には提供卵による不妊治療はほぼ不可能でした。実際、JISART(日本生殖補助医療標準化機関)の調査では国内で少なくとも73件の提供卵による出産がありますが、ドナーはほとんどが姉妹でした。そこで、2012年にOD-NET(卵子提供登録支援団体)が発足し、国内の匿名ドナーの登録を開始しています。ただし、法整備などを含めて、体制が十分に整っているとはいえない状況です。

造血幹細胞移植後の妊娠、出産

 なお、実際に移植後に女性患者さんあるいは男性患者さんの配偶者が妊娠した場合の出生について、米国でアンケート調査が行われました。その結果では生児出生の確率は一般の出産と同程度であったということです。また、ヨーロッパで行われたアンケート調査でも85%が生児出産に至っていますが、通常の出産と比較して帝王切開、早期産、低体重児の頻度が高く、母子ともに高リスク出産として扱うべきだとされています。先天性異常や発育遅延の頻度はいずれの調査でも増加していませんでした。

最後に

 自治医科大学附属さいたま医療センターで行っている妊孕性温存対策を表4にまとめました。白血病を発症した時点から、なるべく早期から対策を考えていくことが重要です。しかし、これらの方法によって不妊の問題をどの程度まで改善できるかについては明らかになっていない部分も多く、また、これらの妊孕性温存対策を優先するがために本来の造血器腫瘍の治療に悪影響が出ないように注意が必要です。

自治医科大学附属病院・附属さいたま医療センター血液科
神田 善伸


表4 自治医科大学附属さいたま医療センターにおける挙児を希望する造血器腫瘍患者に対する対策

男性患者さん:

  1. 化学療法開始前に精子を採取、凍結保存。
  2. 急性白血病などで治療を急ぐ場合には家族が不妊クリニックに精子を持ち込んで凍結保存を依頼する。
  3. 化学療法後に無精子症となっている場合はTESEを検討する。

女性患者さん:

  1. 急性白血病の場合は化学療法開始前の採卵は多くの場合は困難だが、この時点から不妊クリニックと連携をとり、可能であれば化学療法の合間に採卵を試みる。リンパ腫などの疾患であれば化学療法開始前の採卵の可能性を検討する。
  2. 第一寛解期の急性白血病患者は再発に備えて寛解中の採卵を提案する。
  3. 移植時に寛解状態であれば卵巣遮蔽を検討する。