乳がん



国内の年齢別乳がん罹患数

乳がん

 日本の乳がんの罹患数は年間約95,000人に及び、40歳代後半と60歳代後半の二峰性を示します。この中でも40歳未満は約5%を占め、その数は年間およそ50,000人に及びます。40歳未満発症では閉経後乳がんと比較して、予後不良とする報告や遺伝性乳がん卵巣がん(HBOC)の関与に注意が必要となります。


乳癌の組織型

 ほとんどが乳管がんであり、特殊型として小葉がん、粘液がんなどがありますが、基本的な治療戦略は組織型には依存していません。病変が乳管内に留まる非浸潤がんに対しては根治的完全切除の後、経過観察が基本です。浸潤がんに対しては手術に加えて、補助療法として全身治療を要するのは乳がんにおいても同様となります。


治療方針の決定

 臨床病期およびサブタイプを用います。診断時の針生検検体で免疫染色が行われ、エストロゲン受容体 (ER)、プロゲステロン受容体(PgR)、HER2の発現、及び腫瘍の増殖能の指標としてKi-67が評価され、これによってサブタイプ分類を行います。

表 Stage
  N0 N1 N2 N3
T0 - IIA IIIA IIIC
T1 I IIA
T2 IIA IIB
T3 IIB IIIA
T4 IIIB
遠隔転移あり(M1)   Ⅳ

表 Subtype
  ホルモン受容体 陽性 ホルモン受容体 陰性
HER2 陰性 Luminal A
---ホルモン剤

Ki-67
low
Triple Negative
抗がん剤
Luminal B
--- ホルモン剤
抗がん剤
Ki-67
high
HER2 陽性 Luminal-HER2
ホルモン剤
抗がん剤
分子標的薬
HER2-enriched
抗がん剤
分子標的薬

 詳細な治療戦略の立て方は別の機会に譲るとして、今回はごく一般的な治療の流れについて解説します。なお、ここでは妊孕性について考慮する可能性があり、閉経前かつ手術可能な原発性乳がんの治療について解説します。遠隔転移があるstageIVや再発乳がんに対しては、治療の中断は勧められず薬物療法を継続して行います。

 すでに診断が確定しており、精査加療目的で紹介となった初診患者さんであれば、この時点から妊孕性温存についても担当医から情報提供され得ます。遅くとも精査が一通り済んだ時点で主治医から治療方針の説明がある際に、妊孕性温存についても情報提供されることになるでしょう。

乳がん
図 乳癌の標準手術
乳がん
図 治療の流れ

非浸潤がんの場合

 非浸潤がんの場合、術後は経過観察になります。乳房温存術を受けた場合、残存乳房に放射線照射が行われ、ER+であれば局所再発予防目的にホルモン療法(タモキシフェン)5年が選択される場合があります。

※非浸潤癌に対する乳房温存術後のタモキシフェン5年投与については、2つのプラセボコントロールのランダム化比較試験(UK/ANZ DCIS試験、NSABP B-24試験)の結果から、DFSが有意に改善することが示されています(HR 0.79,95%CI 0.62-1.0)。(乳癌診療ガイドラインCQ5.ホルモン受容体陽性非浸潤性乳管癌に対して術後内分泌療法は推奨されるか?より改編)

 非浸潤がんであるならば局所治療が完了するのを待てばよいのですが、時として術後の病理所見で微小な浸潤がんが見つかり全身治療が必要になることも想定しておかなければなりません。また上述した如く、ホルモン療法が行われる場合があるため、主治医に確認しておくことが望ましいでしょう。

浸潤癌の場合

 手術先行:Stage I〜IIA の腫瘍径が比較的小さく、臨床的にリンパ節転移陰性の症例などでは、その多くは手術先行となります。

 術後補助療法:術後はサブタイプや再発リスクに応じて全身治療が行われます。再発リスクが高い症例では抗がん剤が必要となる場合もあり、その場合はホルモン療法の前に行われます。また、放射線照射が必要な場合でも抗がん剤治療が優先されます。

 術後抗がん剤治療は、治療開始遅延による死亡リスクの上昇を鑑み、術後3ヶ月以内に始めるのが妥当と考えられます。

抗癌剤

表 標準的な治療薬
術前・術後補助療法に使用される薬剤
ホルモン療法 タモキシフェン+LH-RHアゴニスト
抗癌剤 アンスラサイクリン系
--- エピルビシン(EC, FEC)
--- ドキソルビシン(AC)
タキサン系
--- パクリタキセル
--- ドセタキセル
分子標的薬 トラスツズマブ±ペルツズマブ

 乳がんに対して行われる標準的な抗がん剤治療は、アンスラサイクリン系薬剤およびタキサン系薬剤による治療です。アンスラサイクリン系では、サイクロホスファミド、5FUとの併用レジメンが用いられることが多く、FEC療法(5FU+エピルビシン+サイクロホスファミド)、EC療法(エピルビシン+サイクロホスファミド)、AC療法(ドキソルビシン+サイクロホスファミド)は3週間毎に4サイクル施行します。Dose-dense EC療法では持続型G-CSF製剤を使用し2週毎に4サイクル施行、タキサン系ではドセタキセルは3週毎に4サイクル、パクリタキセルは毎週投与を4サイクル施行します。

 Dose-dense パクリタキセルでは持続型G-CSF製剤を使用し2週毎に4サイクル施行するため、治療期間は4〜6ヶ月に及びます。ACやEC 4サイクルでおよそ22%、タキサンの追加により、さらに17%程度の乳がん死亡リスクの減少効果が期待できます。

 一方、アンスラサイクリン系薬剤の副作用である心毒性や白血病の二次がん発症リスクを懸念して、アンスラサイクリンを避けたTC療法(ドセタキセル+サイクロホスファミド)などが選択される場合があります。TC療法は3週毎に4〜6サイクル施行されます。何れにしてもアルキル化剤であるサイクロホスファミドが使用されることが多いのが特徴です。

 HER2陽性乳がんでは抗HER2薬として分子標的薬のトラスツズマブ(とペルツズマブ)を抗癌剤と併用します。抗HER2薬はアンスラサイクリン系薬剤同様心毒性があるため、心毒性のないタキサン投与時に併用して使用されます。トラスツズマブは3週毎に投与され1年間継続することで、術後化学療法単独に比べDFS、OSを有意に改善することが示されています1)(OS:HR 0.66,95%CI 0.57―0.77,DFS:HR 0.60,95%CI 0.54―0.67)。

 なお、ペルツズマブの上乗せは現在使用可能となっていますが、その有効性についてはAPHINITY試験の結果が待たれます。

ホルモン療法

 EBCTCGのメタアナリシスにおいて年齢、閉経状態、リンパ節転移、抗癌剤治療の有無に関わらず術後5年間のタモキシフェン投与で再発リスク(HR 0.61, 95%CI 0.50-0.75)および死亡リスク(HR 0.78, 95%CI 0.74-0.8)を減少することが示されました2)

 ホルモン受容体陽性乳癌では、5年以降に起こる晩期再発も課題の一つであり、15年の累積再発率は33%と報告されています。

10年内服について

 ATLAS試験においてタモキシフェン5年投与後、更に5年追加投与することで10年後以降の再発や死亡のリスクについて検討されています。ホルモン受容体陽性6,846例において、タモキシフェン5年追加群で再発率 RR 0.84(95%CI 0.76-0.94) 、乳癌死亡率RR 0.87(95%CI 0.78-0.97)ともに有意にリスク減少を認めました。特に術後10年以降では、25%の再発リスク減少を認めました。本試験では45歳未満が各群2割弱含まれており、リスク減少効果は閉経の有無に関わらず認められました3)

閉経前での子宮内膜癌の副作用について

 タモキシフェンの有害事象として子宮内膜がん罹患のリスクがあります。EBCTCGのメタアナリシスによると子宮内膜がんによる死亡リスクの有意な上昇は認めなかったと報告されています。罹患リスクも54歳以下では有意な上昇は認められませんでした。ATLAS試験においてもタモキシフェン5年投与群での死亡リスク0.2%に対し、10年投与群で0.4%と、タモキシフェン5年追加による死亡リスク上昇は0.2%と報告されており、閉経前に限ればリスクは更に小さいと考えられます。

LH-RHaの併用について

 SOFT試験、TEXT試験の合同解析が追跡期間8年で追加報告されました。SOFT試験では53.4%の化学療法施行例を含む閉経前乳がんに対してタモキシフェン単独群、タモキシフェン+LH-RHアゴニスト群、エキセメスタン+LH-RHアゴニスト群でのDFS、OSが比較され、LH-RHアゴニストのタモキシフェンへの上乗せ効果が認められました(DFS:HR 0.76, 95%CI 0.62-0.93; p=0.009, OS:HR 0.67, 95% CI 0.48-0.92; p=0.01)。特に化学療法が選択されるような再発リスクが高い、リンパ節転移陽性あるいは若年の症例においてタモキシフェンにLH-RHアゴニストを併用する意義は高いと考えられます。

術前化学療法

 Stage IIB以上のリンパ節転移陽性例や、腫瘍径を小さくして部分切除を可能にしたい場合などでは、多くは術前に抗がん剤治療が行われます。

 HER2陽性乳がんでは、抗HER2薬が1年間投与されるが、術前はタキサン系抗がん剤と併用され、残りは術後に投与されます。

 術前化学療法の効果がnon-pCRであった場合、術後に経口5FUが投与されることがあります。

 術前化学療法の開始時期遅延に関しては、予後に与える影響に関する知見はありませんが、全身治療を急ぐ症例であることを鑑みれば、治療開始時期を遅らせることは避けるべきでしょう。

聖マリアンナ医科大学病院 乳腺・内分泌外科
小島 康幸

乳がん

引用文献

  1. J Clin Oncol. 2011;29(25):3366-73.
  2. Lancet. 2011;378(9793):771-84.
  3. Lancet. 2013;381(9869):805-16.