がん治療後の妊娠

寛解後の妊娠

がん治療完解後の、妊娠における注意点・女性総論

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 がん治療完解後の妊娠を検討する時には、まず全身状態に問題がないか検索しておく必要があります。一部の化学療法剤には腎毒性が強いものもあり、妊娠によって腎機能が悪化することもあるので十分に注意が必要です。自分が受けたがん治療による副作用などについて十分に把握したうえで妊娠することが、安全に分娩するために重要であることを認識しておくべきであると考えます。

 妊孕性温存療法として、受精卵を凍結しているのであれば子宮内膜の状態などを確認して移植周期に進んでもいいでしょう。しかしながら、その前にその時点での卵巣予備能(卵巣の中で残存している卵子の量)を調べておくことも重要でしょう。つまり、自分の妊孕性の現状を把握しておくことが大切であると考えます。特に年齢が高く卵巣予備能が低下している場合は、先に採卵を行い、受精卵を蓄えておいてから胚移植を行うという選択肢もあることを考慮してもいいと思います。受精卵を凍結保存しておいてもすべての人が妊娠・出産できることを約束されているわけではないので、年齢、卵巣予備能などを考慮に入れながらその後の治療方針を検討していくべきであると考えます。反対に十分に卵巣予備能が温存されていて年齢的にも余裕があるのであれば自然な妊娠、あるいはタイミング指導などの一般不妊治療から妊娠を試みることも一つの選択肢にしてよいと考えます。卵子を凍結保存してある場合でも同様に考えて治療方針を検討していくといいと思います。

 受精卵・あるいは卵子を凍結保存できていない場合には、卵巣予備能がある程度保たれていて年齢的にも余裕があるのであれば、一般不妊治療から治療を開始することも考慮していいでしょう。年齢が高かったり、卵巣予備能が低下している場合であれば、早めのARTを考慮したほうがいいかもしれません。

 また、すでに閉経状態になっている場合は、卵子の提供、早発卵巣不全(POI)としての治療を受けることになります。視点を変えて血縁のある子どもを持つ方法ではなく、里親制度・特別養子縁組制度などを利用して里子・養子を迎えて家族形成を行うという選択肢があることも知っておいたほうがいいでしょう。卵子の提供を検討する場合には多くは海外に卵子の提供を求めることになり、経済的には大きな負担がかかります。早発卵巣不全の治療に関してはその治療に習熟している施設は限られていることを認識して治療施設の選択も含めて治療方針を検討していく必要があります。里親制度・特別養子縁組制度については後述します。

 どのような選択肢を選ぶにしても経済的な条件や仕事との兼ね合いなど社会的な条件との調整が必要であり、必ずしも「こうしなければならない。」というルールがあるわけではないと考えたほうがいいと思います。医療者やご家族の支援、あるいは同じ疾患の経験者・当事者であるピアサポートなどのもとに意思を決定していく過程を経る意思決定方法、いわゆるShared Decision-Makingの考え方が、方針を決めていくうえで役に立つと思います。一人で責任を背負い込んでしまわないように気を付けましょう。

がん治療完解後の、妊娠における注意点・女性各論

1)小児がん経験者

 小児がん経験者の妊娠・分娩については十分なエビデンスが得られるような研究は多くありませんが、がん治療によって先天異常のリスクが増加することに対しては否定的であると報告されています。ただし、遺伝性のがんである場合は出生児にもリスクがあることに留意して、遺伝カウンセリングを含めた長期的なフォローアップが必要となってきます。腹部・骨盤に対して放射線照射を受けていた場合は、卵巣予備能低下による不妊・早発閉経のみならず、子宮の障害なども起こりうることを知っておいてください。すなわち、流産・早産、低出生体重児が増加するという報告があります。また、化学療法については流産・早産、低出生体重児が増加するとの報告はありませんが、腎毒性、心毒性などの副作用があるものがあり、母体管理に注意が必要になってきます。以上の点に留意して上述したように、年齢と現時点での妊孕性と妊孕性温存状況、さらには男性因子などを考慮したうえで治療方針を検討していくべきでしょう。

2)造血器悪性腫瘍経験者

 白血病などに代表される造血器悪性腫瘍の経験者の方は、妊娠可能な時期はいつからになるという一定の基準を設けることは困難であることを知っておいてください。治療を行ったことによって出生した児の先天異常のリスクが増加する可能性については明らかではありません。造血幹細胞移植は妊孕性を著しく低下させますが、妊娠出産例の報告もあります。それらの出産例では先天異常の発症頻度は変わらないと報告されているのですが、低出生体重児・極低出生体重児の頻度が増加していたと報告されています。化学療法の薬剤の種類などによって卵巣予備能の低下に対する影響については差があるので、年齢と現時点での妊孕性と妊孕性温存状況、さらには男性因子などを考慮したうえで治療方針を検討していくべきでしょう。

3)女性生殖器悪性腫瘍経験者

 子宮頸がんの子宮頸部円錐切除を施行された症例に対して体外受精を積極的に導入すべきかについて明確な見解はなく、年齢、卵管因子・男性因子や不妊期間を考慮して治療方針を決定すべきでしょう。広汎性子宮頸部摘出術後の症例に対しては、積極的に体外受精を行うべきかを明確にした報告はありませんが、人工授精、体外受精による症例報告は多いです。妊娠を許可できるのは術後3か月が妥当です。妊娠成立後はハイリスク妊娠であることを十分に認識して管理を行う必要があります。

4)悪性骨軟部腫瘍経験者

 悪性骨軟部腫瘍経験者に対する化学療法の影響については、特に若い女性では妊娠分娩への影響はわずかであり、胎児の先天異常についても増加しないという報告があります。しかしながら、アルキル化剤を投与した症例では無月経になるものも見られます。骨盤への放射線照射は化学療法と比較して早発卵巣不全のリスクが高いとされています。妊娠を目指す場合は、年齢と現時点での妊孕性と妊孕性温存状況さらには男性因子などを考慮したうえで治療方針を検討していくべきでしょう。また、骨盤悪性骨軟部腫瘍に対して手術を行った場合、一般的には経腟分娩が困難になりますが、症例によっては骨盤の骨性の産道の制限が減少し、むしろ経腟分娩が容易になることも知っておくといいと思います。

5)脳腫瘍経験者

 脳腫瘍経験者の注意点は、治療によって視床下部‐下垂体‐性腺系が障害される場合があることに加えて、神経認知機能異常・てんかんなどを合併するために、妊娠・出産を希望する場合には慎重に対応する必要があります。ゴナドトロピンの分泌が低下している症例では、排卵誘発を行う際にhCG/FSH合剤の排卵誘発剤を用いることが必要になってきます。

がん治療完解後の、妊娠における注意点・男性各論

 男性症例については、可及的に治療開始前に妊孕性温存を施行しましょう。妊孕性温存療法は基本的に精子凍結保存となりますが、施設によっては外科的に精巣組織から精子を獲得する方法による温存も可能です。治療後は精液所見について検索を行いましょう。精液所見は化学療法後数年して回復する症例もありますが、女性の年齢なども考慮して治療方針を検討しましょう。化学療法後の精子はDNA損傷の可能性も考えられるので、温存してある精子を用いた不妊治療を検討しましょう。人工授精と体外受精のどちらを選ぶかは明確な見解がありませんが、施行できる治療回数に制限があることと成功率を鑑みて体外受精が行われることが多いです。また、精子の凍結保存ができておらず精液所見が回復しない場合は、精巣内の精子を外科的に回収することができる施設もありますので、そのような方法を検討してもいいかもしれません。

その他の選択肢

 妊孕性温存に成功していても必ずしも生児獲得が保証されているわけでなく、温存に成功しなかった、あるいは選択しなかった場合、妊孕性を喪失して自分と血縁のある児を得ることができないことがあります。家族形成として児を家庭に迎えるために方法として、ご主人以外の方の精子を用いた人工授精(AID)や卵子提供による体外受精を検討することができます。それ以外の方法としては里親制度・特別養子縁組制度を活用して里子・養子を家庭に迎えるという選択肢もあります。

 家族形成には幅広い選択肢があることを認識して医師、看護師、心理士を含む多くの医療職や疾患の経験者・当事者であるピアサポーターの支援のもとに治療方針を検討していくことが、よりよい意思決定を導くものと考えます。

獨協医科大学埼玉医療センター リプロダクションセンター 教授
杉本 公平

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