若年がん患者の妊孕性の温存

妊孕性温存の現状(男性)

 泌尿器科領域で妊孕性が問題になるのは,性機能障害と精子形成障害の2点です。精巣は抗がん剤や放射線に対する感受性が高い組織ですので、がんの治療による妊孕性低下が予想される挙児希望の男性がん患者は,射精が可能であればできるだけ『治療開始前に精子の凍結保存』をすべきです。
 男性がん患者の妊孕性温存療法として精子凍結が行われています。一般に精子凍結の積極的な適応となるのは、①精巣摘除により精子形成の場がなくなる場合、②抗がん治療によって精子形成が障害される場合、③手術療法により精路閉塞がおこり閉塞性無精子症となる場合や、神経障害により射精障害となる場合です。いずれの場合も生殖年齢の男性が対象となります。
 化学療法後に無精子症になった場合、治療後2年で多くの症例に精子の出現がみられます。すなわち治療後2年を経て無精子であれば、積極的な治療介入が必要となります。顕微鏡下精巣精子採取術という方法で精巣の中にある精子を採取する方法があります。骨髄移植の前処置として全身放射線治療を行った場合には精子回収が困難です。
 若年男児の場合は精子形成が未熟なため精子保存が困難であることから、精巣組織凍結保存が唯一の妊孕性温存手段となりますが、まだ臨床の場では行われていません。近年、未熟精巣組織を凍結保存し,それを解凍して完全体外培養で精子を作製するマウスを用いた動物実験が成功しており、ヒトへの臨床応用が期待されています。
 男性不妊については、以下のホームページで基礎知識から最新情報までお伝えしていますのでぜひご覧下さい。
男性不妊バイブル 泌尿器科医 岡田 弘 オフィシャルサイト
獨協医科大学越谷病院 リプロダクションセンター
(文責:岡田弘)

妊孕性温存の現状(女性)

 若年がん患者の罹患率は近年増加傾向を示していますが、手術療法、化学療法そして放射線療法などを中心とした集学的治療や診断方法の進歩に伴い、その治療成績は向上してきており、がん患者の生存率が改善してきています。しかし、一部の若年女性がん患者は治療によって原疾患は寛解しますが、後に閉経の早期発来や妊孕性消失など、女性としてのQOLの低下といった問題を抱えると言われています。
 抗がん剤による細胞への障害は、再生能が高い骨髄や消化管粘膜においては可逆的ですが、卵巣においてはその障害が永続的となります。卵巣に対する抗がん剤による障害は卵巣内に存在する原始卵胞に対する障害であり、卵巣における永続的な障害は年齢と共に卵子の老化や原始卵胞の数の減少に大きく依存します。その結果、生じた稀発月経、無月経や無排卵症などの卵巣機能不全は化学療法誘発性無月経と称されており、発症頻度は20-100%と報告されています。抗がん剤や放射線によって卵巣内の卵子が死滅し、その数が減少することによって女性ホルモンの分泌不全が引き起こされ、治療寛解後の若年女性がん患者は妊孕性の消失だけでなく、長期に渡る閉経状態による更年期障害を乗り越えなければなりません。がんの種類やその治療法によって生じた妊孕性消失に対する高リスク群とは、全身や骨盤への放射線照射患者、骨髄移植のための化学療法施行患者、そしてアルキル化剤を含む化学療法施行患者と報告がなされています。   
  妊孕性温存とは、若年がん患者や免疫疾患患者に対する治療により、将来妊娠の可能性が消失しない様に生殖能力を温存するという考え方です。Oncofertility(がん・生殖医療)とは、腫瘍学(Oncology)と生殖医学(Fertility)を合わせた造語で、米国のノースウエスタン大学のDr. Woodruffが初めて提唱した概念です。がん・生殖医療(Oncofertility treatment)における若年女性がん患者の妊孕性温存治療とは、①卵子凍結、②受精卵凍結、③卵巣組織凍結の3つの選択肢が上げられます。実際にどのがん・生殖医療を選択するかは、①がんの種類、②がんの進行の程度、③抗がん剤の種類、④化学療法の開始時期、⑤治療開始時の年齢、⑥配偶者の有無などによって決定することとなります。しかし、何よりも原疾患の治療が最優先事項であり、がん・生殖医療の提供はその治療が遅延無く実施出来る事が原則となり、本治療は原疾患の治療を担当する医師によって妊孕性温存が可能であると判断された場合においてのみ実施される医療となります。
 患者はがんと告知されてから短期間の間に多くの選択に迫られることとなります。更にがん・生殖医療実施中にも、常に原疾患の進行や再発、再燃のリスクを抱えており、限られた時間の中での生殖医療の実施が求められてきます。通常原疾患が診断され原疾患治療が実施されるまでの期間は1~2ヶ月以内の事が多いため、体外受精・胚凍結をすぐに開始したいのが実状です。また、原疾患が寛解し生殖医療を開始したとしても、がん治療専門医師による精密検査は必ず定期的に実施されるべきであり、がんの進展がみとめられた場合には、原疾患の治療を最優先させなければなりません。 
  その様な現状の中、卵子凍結とは、卵子を単体で、経腟的に採卵針という長い針で、吸引回収する方法です。一般的に体外受精の採卵という技術になります。卵子を回収することが出来た場合には、特殊な処理がなされ、液体窒素中に保存されます。基本的には半永久的に保存が可能となる凍結保存です。アメリカ生殖医学会(ASRM: American Society for Reproductive Medicine)より2013年Mature oocyte cryopreservation: Guidelineが発表され、一人の子供を得るためには15個近くの卵子が必要であると報告されています。抗がん治療前の限られた時間に、原疾患に影響を与えずに卵子を患者本人より回収しなければなりません。いままで治療前採卵は月経周期に依存し、卵子を獲得することが一般的でした。つまり月経周期に依存するため、非常に限られた卵子しか、回収できないことを意味しました。しかし最近の報告によればランダムスタート療法といい、月経周期に依存せず卵子を獲得する特殊な方法があります。つまりランダムスタート療法では、月経周期に依存しないため、すぐなる妊孕性温存治療を開始する事が出来ます。ホルモン陽性乳がんに対し、女性ホルモン値の上昇を避けるため、アロマターゼ阻害薬を内服しつつ卵子を獲得するといった特殊な方法が報告され、アロマターゼ阻害薬併用療法では、女性ホルモンの上昇をあまり気にせず治療ができる事が利点となります。
  またパートナーが存在する場合には、胚(受精卵)凍結を行うことができます。胚(受精卵)とは、患者さんの卵子とパートナーの精子を受精させた受精卵のことです。一方、卵巣組織凍結とは2004年、ベルギーのDr. Donnezらによりヒトで初めて卵巣組織凍結後、自家移植により生児を獲得したという報告がなされて以来、欧米ではがん診断後に若年がん患者に提供すべき一般的な妊孕性温存療法であると考えられています。世界では、欧米を中心として約4000例以上もの若年がん患者さんの卵巣組織が凍結保存されている現状があります。最近の報告では、卵巣組織凍結後融解卵巣移植例では、25%の生児獲得率があると言われています。現在本邦では、日本がん・生殖医療学会によれば、32施設が実施可能(施設内倫理委員会承認)となっています。卵巣組織凍結の利点は、卵子を何個という表現ではなく、組織ごと保存することが可能となるので、何百、何千という単位で数多くの原始卵胞を保存することが可能であり、卵巣摘出術は月経周期に依存せずに施行することができます。欧米諸国では思春期や思春期前、あるいは性交渉前の女性に対し有用とされています。しかし、がんの種類によっては(卵巣に転移する可能性のある白血病や卵巣がんなど)、適応とならない場合もあります。最後に治療として確立はしていないものの、GnRHアゴニストといい、月経を止める薬があります。この薬を抗がん剤投与前に使用することで、卵巣機能を守ることができるかもしれないという報告があります。まだ世界的に証明されたわけではありませんが、現在世界中で検討されています。どの治療方法にしても、専門の医師との相談が必要となり、近隣にご相談する専門の医師を見つけることが出来ない場合には、日本がん・生殖医療学会ホームページにてご確認下さい。限られた時間内に、できるだけ専門の医師と十分な相談が必要と考えます。
(文責:杉下陽堂・鈴木直)

海外での若年がん患者への取り組み

 現在妊孕性温存に向けたルール作りを考えている団体が世界的に増えてきています。卵巣組織凍結・移植による世界初の生児獲得に成功した、ベルギーのDonnezらによって設立された『ISFP(International Society for Fertility Preservation)』は、現在Dr.Pasquale代表を中心として世界中の著名な研究者で主に構成され、2年に1回のシンポジウムWorld Congress of Fertility Preservationを主催し、活発な議論を展開しています。ISFPでは、若年がん患者に対する妊孕性温存のガイドラインとなる『リンパ腫、白血病、乳癌患者における妊孕性温存のための指針』を2012年5月に提唱しました。一方、アメリカの4つの大学(ノースウエスタン大学、カルフォルニア大学サンディエゴ校、ペンシルベニア大学、オレゴン大学)を中心とし、Dr.Woodruffらが『Oncofertility Consortium』という若年がん患者の妊孕性温存に取り組むための団体を立ち上げ、患者取り扱いについて『Oncofertility Medical Practice』というガイドラインを出版しています。またドイツ、スイス、オーストリアなどドイツ語圏のおよそ85施設を中心にDr.von Wolffらによって『FertiPROTEKT』という妊孕性温存に取り組むための団体が世界に先駆けて設立され、2011年3月にガイドライン『Fertility preservation in women』を発表しています。FertiPROTEKTでは、卵子、胚、卵巣組織を預かるためのバンク化がしっかりとした管理の下、すでに構築され、2007年から凍結保存バンクを開始し、現在2000症例を越える患者の卵巣組織が預けられています。上記の団体以外では、ISFPの理事として活躍するAndersenの母国、デンマークでは医療費が無料という国の政策の元、がん治療における妊孕性温存のため、卵子凍結、胚凍結、卵巣組織凍結が通常の医療と同様に無料で提供され(デンマークメソッド)、コペンハーゲン大学を拠点として、卵巣組織輸送システムが構築され運用されています。また卵子、胚、卵巣組織共にバンク化が構築され無料で保管されています。一方、最近では欧米だけでなく、アジアにおいても取り組みがはじまり、韓国では『KSFP(Korean Society for Fertility Preservation)』が2013年11月に、またインドでは『Fertility Preservation India』が2014年に設立されました。2015年6月にASFP(Asia Society for Fertility Preservation)が設立されています。団体とはなっていませんが、オーストラリア、カナダでも積極的に実施している大学が散見される様になっています。
 若年がん患者の罹患率は近年増加傾向を示していますが、集学的治療や診断方法の進歩などに伴い、その治療成績は向上し、がん患者の生存率は著しく改善してきています。治療後のQOLを考慮し、近年、世界的に妊孕性温存が取り組まれる様になりつつあります。今後、医療が進歩し多くの若年がん患者に対する適切な妊孕性温存療法が検討され、指針作りが世界で議論されます。どの技術が患者さんにとって適している技術なのか、十分な相談が必須となるため、専門医との相談をお願いします。
(文責:杉下陽堂・鈴木直)